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周囲の荒野

 
2011年7月27日 気仙沼市 鹿折唐桑駅付近 第18共徳丸遠景 1
 
 
 
大勢の人に 訪れていただいている
 
震災シンボルの 船
 
 
誤解しないで欲しい
 
悲惨な災害は
 
船内で起こったのではない
 
 
本当に 祈るなら
 
花を手向けるなら
 
どうか その周囲の荒野を
 
人の営みがあった その街を
 
忘れないで欲しい
 
 
 
大きな役割を 背負わされた
 
その船も
 
このままなら 消える
 
 
 
 
2011年7月27日 気仙沼市 鹿折唐桑駅付近 第18共徳丸遠景2
 
 
 
-------------
撮影:2011年7月27日
気仙沼市 鹿折唐桑駅付近より
被災3ヶ月半後の鹿折地区
 第18共徳丸 遠景
-------------

※共徳丸の保存には賛否あったが、船主の意思は 地元住民の意向を受け、解体へと固まったようだ。
 両方の想いを立てることができる方策をとれないまま 時間切れで進んでしまうのは 残念。


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テーマ : 被災地にて
ジャンル : 写真

tag : 気仙沼 津波被害 街並み 被災 悩み 瓦礫 津波 ガレキ

コメントの投稿

非公開コメント

ありがとうございます

どんちゃん、コメありがとうございます。
レスが遅れました。
 
打ち上げられた共徳丸の周囲に住んでいた住民のほとんどは、撤去を望んでいます。
自分の家を壊した船を目にするたびに、またあの大災害を象徴する船を見るたび、つらい想いが蘇るのです。
その気持ちも、解らないではありません。
 
大型テントで囲い、住民の目に触れず、被災地を訪れる方に見ていただくという、両取りの保存計画があったようですが、予算目処が立たず、このままではボツになる見通し大です。
 
時間切れが近づいています。
(u_u;
  

No title

難しい問題ですよね。
良くも悪くもシンボルになってしまったものを、今後どのように扱ったらよいのか?

残念ながら僕には答えは分かりません。
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サブポート

Author:サブポート
 
潮風で まったり練られた 東北人
 
気仙沼産ながら 若干 鮮度に難あり
 
 
2011年3月の大津波により被災

自宅と職場を失うも 命は確保
 
半年近い避難所生活を経て
 
現在 仮設住宅にて生存中
 
(ブログ名を「港町ケイタイ写真帳/気仙沼」から現在の名に変更しました)
 
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 au携帯 W63CA
 au IS12S(2013年以降) 
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