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震災の翌朝

 
あの朝 
 
津波の引かぬ街には
 
粉々に砕けた 生活の形
 
 
そこには
 
たくさんの命が 埋もれているという
 
恐ろしい直感
 
 
理解は出来ても
 
どうしても出来ない 実感
 
 
不似合いな 静けさ

 
2011年3月12日 大震災翌朝 南が丘から南地区方面を望む
2011年3月12日 am5:28 大震災翌朝
 南が丘から 火災の燻ぶる南気仙沼地区を望む

 
 
 
震災の翌朝を
 
いまも 思い出す
 
  
それでも
 
失った 平和な日々
 
あの笑顔を 思い出すより
 
つらくはない
 
 
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テーマ : 被災地にて
ジャンル : 写真

tag : 気仙沼 津波被害 街並み 被災 瓦礫 津波 悩み ガレキ

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非公開コメント

ありがとうございます

つとちゃん、はじめまして。
心のこもったコメント ありがとうございます。
 
どの震災であっても、悲痛な事態が起こっていますよね。
私たちはそれを忘れてはならず、伝えていき、
次の被害を招かないための 糧としなければならないと思います。
 
それが 亡くなった方々の死を無駄にしないことになりますよね。
 
決して忘れない。
けれど、悲惨な記憶に溺れず、
日々の生活の一歩一歩を踏み出し続けていきたいと思います。
応援 ありがとうございます。
 

大震災

はじめまして、つらい想いでを引きずって生きるこの現実でありますが、

写真に残して心を託し祈り送られることに亡くなった方たちよりの返って来る笑顔を想います。
私の知人も、阪神大震災で倒れた家屋の下敷きになり、息子さんの悲痛の声を聞きながら炎に
巻かれてしまった、その現実をいつまでも忘れられない、いつも笑顔で話し合った思い出を胸に
残った息子さんたちも元気だよと応えることにしています。
阪神なんか比較にならない、すべきことでもない東北大震災、まだまだ悲しみや現実に追われる日々
少しでも応援をと心に祈りたいと思っています。

ほんとうに

あの日は いろいろありました。
重箱石さんのお兄さんも亡くなられたのでしたね。
思い出させてしまい、ごめんなさい…

人の死に 無感覚になってしまう日々でした。

No title

おばんです。
震災の次の日
私の兄が心筋梗塞で亡くなってしまって・・・
応援に行きたかったのだが・・・
申し訳ない・・・
プロフィール

サブポート

Author:サブポート
 
潮風で まったり練られた 東北人
 
気仙沼産ながら 若干 鮮度に難あり
 
 
2011年3月の大津波により被災

自宅と職場を失うも 命は確保
 
半年近い避難所生活を経て
 
現在 仮設住宅にて生存中
 
(ブログ名を「港町ケイタイ写真帳/気仙沼」から現在の名に変更しました)
 
* * * * * * * * * * * *
撮影機器
 au携帯 W63CA
 au IS12S(2013年以降) 
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